2013年11月09日

断酒46日目 子供の頃の記憶

断酒46日目

小学生の頃、父の日に作文を書いた事があります

3年生くらいだったかな?

細かい事は覚えていませんが

「お父さんは、夜にお酒をたくさん飲んでも
朝ちゃんと起きてお仕事に行きます。
私が朝起きるとお父さんはお仕事に行ってもういません
お父さんはすごいと思います」

こんな感じの内容だったと思います

まあ、父親がその作文を読むことはありませんでしたが

当時の私は本気でお父さんはすごいな、と思っていました

夜中に飲んで帰って暴れても、次の日には仕事に行ってたからです

実際は家庭内がうまくいってなくて家にいたくなかったんだと推測できますが

でも、ちょっぴり悲しい作文だな、と思います

父親が大酒飲みだとみんなに披露していたってことですからね

お父さんはこんな事して遊んでくれる、なんて作文が書きたかったな

私の子供達も同じ内容の作文を書いてたかもしれません

「私のお母さんは夜たくさんお酒をのんでも
朝、ちゃんと起きてご飯を作ったり、仕事に行きます」

家にいる時は、子供達に飲んでる姿しか見せてなかったから

飲んだくれてる私の姿が子供達の記憶から無くなりますように

今日も飲みません
posted by アリシア at 07:21 | Comment(11) | こどもの頃 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月28日

母が出て行った日

断酒3日目

昨日は8月27日

私が小学校4年生の時に母が出て行った日です

正確にいえば26日の夜中に出て行ったのかな

毎年この日になると

ああ、そういえばこの日に出て行ったな

そう思うだけ

なんの感情もなかったけど

最近、ブログで昔の事や

その時の感情を吐き出してきたので

その日の事も少し書きたいと思います

その日も父はお酒を飲んで暴れていた

以前から暴れて母と衝突しては

出て行けとか子供は渡さない

とかそんな事を話していたと思う

母からもどこについていくか

そんな話もあったかと思うが

思い出せない

とにかく母は疲れてきっていた

激しい言い争いの時

もちろん私は起きていた

弟達も起きていただろう

やがて静かになり母親が私を起こしに来た

みんなを連れて出て行こうとしたんだ

でも私は寝たふりをした

母親もわかっていたんだろう

一人で出て行った

一番下の弟は4歳だった

この子だけは連れて行ってほしかったな

どうしてあの時寝たふりなんかしたんだろう

どうして母についていかなかったんだろう

あの時の感情は思い出せないけど

あんな父でもやっぱり捨てられなかったんでしょうね

やっぱり大好きだったんでしょうね

もし、私達が父を捨てたらそれこそ本当に廃人になってしまう

小学校4年生の女の子がそこまで考えてたんだろうか

悲しいですね

どんなにひどい親でも

やっぱり子供は親の事捨てられないのかもしれませんね

たしかにお酒を飲んで私達に

「お前達がいなくなったらみんな殺して俺も死ぬ」

と言われた事がありました

どうせ、育てられないくせに

私達がいなければなんにも縛られず自由に生きられるのに

だけど、父は私達がそばにいることで

ほんの少しの生きがいとか希望を感じてたんでしょうか

今私が子供達に対してそうであるように

どうして私達を手放したくなかったのか今もわかりません

母親について行ったらどうなっていたでしょうか

子供らしい子供時代をおくれたでしょうか

誰にもわかりません

でも今でもはっきり分かることは

母が出て行った日から

すべて自分で選んできたということ

父親について行ったことも

18歳で父親から離れたことも

自分で選んで決めた

だから誰のせいにもしていません

私の人生、誰かのせいにしようと思ったら

みんな人のせいになってしまう

父のせい、母のせい、周りの大人のせい、社会のせい

誰のせいにもしてこなかったから今の自分がいる

その一方でいつも自分のせいにしている自分もいる

自分のせい、自分が悪い、私が頑張らなければ

頑張りすぎてアルコールに呑まれたのかな

誰にもわかりません

今日も自分のために断酒を選びます

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posted by アリシア at 06:02 | Comment(2) | こどもの頃 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月25日

不幸自慢

ごめんなさい、今飲んでます。
コメントも読みました
ありがとうございます
読んだ後、飲まなければ良かったと思いました
でも、止まりません
今日だけはごめんなさい
酔っているので文章支離滅裂です
ごめんなさい

次女は私にそっくりです
昔の写真は全部父親に捨てられ残っていません
上京した時に一緒に持っていた写真が
唯一私が持っている私の幼いころの写真
次女に本当にそっくり
小さい私と弟が並んで写っています
次女を見ると思います
こんなに可愛いのに
どうして父親は可愛がってくれなかったんだろう
入学式、授業参観、運動会、卒業式
何一つ参加してくれなかった
その時はなにも思わなかったけど
今思うとある意味すごいよね
私は子供の行事は
参加できるものはできるだけ参加してます
良い母親でしょ。当たり前か
運動会は従姉と食べました
叔母さんが呼んでくれました
悲しかったけど嬉しかったな
運動会の日にお昼ご飯を心配する子供達
悲しくないですか?

小4の時8月27日母親が出て行きました
小5の時に新しい母親が来ました
私11歳、母親22歳、父親33歳
上手くいくわけがありません
本当に地獄でした

2番目の母親は私が16歳の時離婚
3番目の母親は17歳の時来ました
18歳の時上京したのでいつ離婚したのかはわかりません
いつのまにかいなくなっていました
3番目の母親は再婚する前、ロールキャベツを作ってくれました
ロールキャべツ食べたことなかったから
すごいな、と思いました。美味しかった
2度と食べることはなかったけど
再婚後は食事さえ作ってくれなかったな
最初だけだった。笑えるな

上京して、高校時代の同級生と飲みに行った
その娘は高一の時同じクラスの女の子
でも2年で中退してた
すごく綺麗な子でした
東京で久しぶりにあったその娘はとても垢ぬけていて
田舎者丸出しの私には眩しい存在でした
私は仕送りもなくバイトに明け暮れる貧乏学生で
格好はトレーナーにジーンズのダサイ格好
その娘はボディコン?おしゃれな格好でした

酔って言うんです
あんたはイイねって
私は両親が離婚して母親について
家が貧乏になったから高校も行けなくて
高校辞めて上京して働いて仕送りして
あんたはイイね
高校も出て大学も行かせてもらって

私はなにも言えなかった

私は大学行かせてもらったけど
父親から愛情はもらえなかった
できたら母親について行きたかった
継母の顔色をうかがって
毎日ビクビク生活して
機嫌が悪いと無視されるから
なんで無視されるのかわからないけど
とりあえず謝ろうと思って
土下座して謝って
反抗期真っ盛りの小学6年生の私
継母に土下座して謝る私
悲しい
涙がでます
機嫌が直ってまた優しくされて
また無視されて
継母は気が強いから父親と毎晩衝突して
本当に地獄な5年間だった
その娘にも言いたかった
私も結構不幸だよ、と
でも言えなかった
あんたも可愛そうなんだねって
同情されたくなかったから

そして今の私が出来上がりました

誰にも言えない私の不幸自慢

私普段はとても明るいんです
ともだちでさえ
こんな事話したことないから
だから誰もこんな生い立ちだとは思わないでしょうね
弟と話したことがあります
少々の辛いこともあの頃と比べたら
全然ましじゃん
乗り越えて行けるんじゃん

その時はそうだなと思ったけど
乗り越えたつもりだったけど
やっぱりそうもいかなかったな
アルコール依存症になっちゃって
でも言い訳したくない

今の私引きずっていますよね
ちょっとだけ不幸自慢しました

明日は飲みません
今日だけ

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posted by アリシア at 00:08 | Comment(6) | こどもの頃 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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